生活苦と混沌の中で、今となっては理解できない一言をつい…

たくぼく/男性/49歳さんの喪中ハガキに関する失敗談

昨年、オヤジが他界しました。79歳でした。
平均寿命を考えれば、天命を全うしたと言っても、良いかもしれません。

 

だだ、およそ3年間、認知症に苦しみました。
それは本人は病気の性質上、苦しみがあったか判断がつきません。

 

事実で言えば家族です。
特にお袋の介護は同居している私からみても、想像を絶する苦難でした。
私もその為に、自宅で出来る仕事に替えました。

 

メディアの報道などて大変さは認識していましたが、正直に言えば他人事と捉えていました。
まさか私の家族がとは微塵も考えていませんでした。

 

とにかく、経験で得た知識が消え、たった今行った事を終わった瞬間に忘れてしまいます。
そして、また、同じ事を始めます。それを寝るまで、繰り返します。

 

本人に悪気は無いのが余計に厄介なのです。
怒るにも本人はその理由が解らないのです。
家族は、特にお袋と私は疲弊しきって、極限の状態でした。

 

そしてオヤジの体力が低下していき、昨年初めに、力尽きました。
家族は、悲しさと、安堵の気持ちが同居していたのが本音だと思います。
少なくとも、私は。

 

その後、仕事も自営に替えたので、生活は、厳しく苦しいものでした。
日々の生活さえ、やっと終えるような状態が続いていました。

 

そんな折、喪中のハガキを出さなければいけない時期になりました。
私の心は、生活苦で荒んでいて、どうにもいかない、やり切れない精神状態でした。

 

それで、何を思ったのか、喪中の文面に、ある一文を入れていました。
それは石川啄木の有名な「一握の砂」の一文でした。
「働けど働けどなお我が暮らし楽にならざり、じつと、手を見る」でした。

 

生活も落ち着いた現在では、受け取った側に大変失礼な事を書いてしまったと反省しきりです。
来年の年賀状が、どんな内容で来るのか、疑心暗鬼で一杯です。
いやはや、恥ずかしい出来事でした。